タイトルの伊沢さんは、
アメリカに留学した後、体操伝習所に勤め、
アメリカから来た体操の先生に体操を習います。
体操伝習所から始まった体操は、器具を使った体操だけれど、
動きとしては、上の絵の感じ。
姿勢を鋳直したい感じですね。
富岡製糸工場の女工さん達が、
糸繰り場の機械の間に並んでしてる体操も
こんな感じです。
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佐倉の城址公園の中にある、国立歴史民俗博物館で
日本代表としてオリンピックに出た台湾人選手の特別展示がありました。
『東アジアを駆け抜けた体ースポーツの近代』というタイトルで
前半は、日本にスポーツや体操がどのように広まったかの展示です。
下のリンクのページの中頃、体操を曲芸と思ってたことがわかる刷り物があります。
広報画像③ 「西洋ウンドヲアソビ」 1860年代 国立歴史民俗博物館蔵
(国立歴史民俗博物館の特別展示 東アジアを駆け抜けた体ースポーツの近代ー 2021年1月26日から3月14日まで)
そしてそのパンフにあるまとめ・・・・
スポーツの概念が日本に入ってきたのは19世紀半ばです。
「剣術」「柔道」「養生」などのこれまでの術や体のあり方を
「体操」「スポーツ」「保険衛生」などの新しい言葉と価値観が塗り替えていきました。
この大きな変化をもたらした背景には学校の普及と国民皆兵制度の導入がありました。
小学校の運動会は地域社会の娯楽としても機能しました。
「第一章 近代史の中のスポーツ 」より
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