国立劇場で見た「祇園祭礼信仰記」の雪姫は、未だ忘れがたい。
就職してから、歌舞伎の舞台を毎月、昼の部、夜の部と見るようになって、
この時も、3階から見下ろしてた。
主役の雪姫を、お年を召された、熟練の方がやってらして、
始まってしばらくは、
おじいさんが白粉塗ってる感があって、
私は、そのお化粧のピンクの強さが気になってしょうがなかった。
だのに、お話に吸い込まれるように見ているうちに、
おじいさん感が霧散して、
舞台の上では、綺麗な綺麗なお姫様が震えている。
花冷えの中、桜の花びらが舞って、散って、
生身の女ではありえない美しい存在が眼前にあって、
3階まで、桜の匂いが届くよう。
劇場の外に出てからも呆然としていた。
自分の理解の外のことにであった圧倒的な体験だった。
その何年か後、シェークスピア見に行って、
マクベスの魔女のセリフ
「きれいは汚い、穢いはきれい」を聞いて
当たり前じゃないか、
皮一枚、奇麗なんて味がない。
と思った私は、
シェークスピアの世界観では、魔女側に置かれるのでしょうね。
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