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快適のかわりに手放しちゃったものがあったような


 
ヘッドフォンで音楽を聞く。
一人でどこでも音楽を楽しめるようになる。
ポケットに音楽を入れどこへでも行く。

画期的なことだった。

高校生が皆、これを持つようになった頃、
夕暮れに、丘の上から眼下のサッカーコートをみていた。
ヘッドホンで音楽を聴きながら見ていると、部活の風景が映画のよう。
曲が変わると違う風景に見える。
それがおもしろくて、つぎつぎに曲をかえながらサッカーをみていた。

それは、世界の中心に自分がいて、曲を変えることで意味を塗り替えることができる快樂。

これは、自分の中だけの出来事で、
外界になにか働きかけたわけじゃない。
だのに、人は自分の感覚で世界を受け取るしかないから、錯覚するね。

ちょうどその頃、
教室のゴミ箱の周りが汚れるようになった。

暫くして、ジュースの紙パックの殻が、
教室の長押の上に並ぶようになった。

目の前から消えると無いことになるという感覚なんだろうか?
他の教室でも同じだった。

たまたま時期が同じだったのか、リンクしているのか。
わからないけど、強く覚えている




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