ちゃんと見ている、聞いているつもりでも、
見れてない。聞けてないということがある。
そんなときにやっと、
聴く耳、見る目にバイアスがかかっているのに気づく。
バイアスは無意識で、本人は気が付けない。
バイアスは、生まれた場所とか、家とか、家族とか、学校教育とか、
社会とか、自分のいる集団とか、会社とかで、
あたりまえのこと、空気のように、息を吸い吐きするように、
普通に思ってることなどに由来するのだと思う。
異文化にあうとか、
その、バイアスによってやったことや,やられたことで、自分が追い詰められる、
とかがないと、
なかなかバイアスがあること自体に気が付けない。
西洋のデッサンは、
人の形を筋肉の塊として捉えようとする、
ものの量感を描く傾向があるように見える。
現実世界では、顔を囲む一本の輪郭線なんて存在しないんだけれども、
それを探し出して書くのが日本の絵だ。
上の絵は、明治初期の、亜米利加婦人を描いた浮世絵をうつしてみた。
同時期のフランス人の日本旅行記の絵と比べて面白い。
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