「北山」訳のつづきです (ここからの「国」は畿内五国とかいうときの国のように見える) (が、それより昔)伊弉諾尊と伊弉冉尊が天の浮橋から、 光のように差し下ろした瓊矛から滴った 淡路の国 がはじまり。 淡路島 は南海にあり、 この 佐渡島 は北海にあって(真言密教の)胎蔵・金剛の両部として、揃って南北の海に浮んでいる。 (淡路島と 佐渡島 が)海の四方の涯までを守り、 七葉の金の蓮の上から浮かび現れる国として、 この両島を神の父母とも呼ぶということだ。 それで北野天満宮の御歌にも、 「かの海に 黄金の島 のあるなるを、その名ととへば 佐渡 といふなり」とよまれている。 この御神詠も神のお力がはっきりとあらわれている。 不思議に美しい 佐渡の国 の名は永遠に知られている所である。 『南贍部洲大日本国正統図』 ( 東京大学総合図書館所蔵 ) を改変 さて、その神代の伊奘諾尊・伊奘冊尊の二柱の神は、 今の世では別々に人々を救うための権現の形をとられた。 伊奘諾尊は熊野の権現として現れ、南山の雲に種を蒔いて国家を治められた。 伊奘冊尊は白山権現として現れ、北海で種を収められた。 そして、白山権現は悟りの月の光として、 この 佐渡の国即ち北山 に、毎月毎日今もお姿を現してくださるので、 土地は 豊かで、民も徳厚く、 厚い雲がかかった白山も伊奘冊尊も、この 佐渡 の海に御鎮座くださるということです そもそも、このように神のご加護がある 佐渡 の国 に、 少しでも我が身を置く事はいつの前世の縁だろう。 まあ良い、私のようなさだめなき身をも、住ませて下さり、 (水が澄み、心が澄むまま) そのままに生きとし生けるもの、諸々の仏も共に有り、 山はおのずから高く、海はおのずから深く。 「語り尽す山雲海月の心」という言葉のように、 まことにしみじみと趣深い 佐渡 の海。 見渡す限りの緑の山は季節の移るにつれ彩られる。 その国の名を尋ねれば、 佐渡 という。 この 黄金の島 は不思議に美しい所です。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ここでは水は、 掻き回せば大地が迫り上がる始原の海であり、 底に大日如来を蔵し、金剛界胎蔵界あわせて含み 日本国土を覆うほど巨大な黄金の蓮華が開く 神は遊び、水は澄み、海深く、それぞれのものがそのまま...

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