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金島書を読みはじめてみた3 心遣いの名人の続きの続き

 お能が素晴らしくって、感動の勢いで詞章を検索して読むと
アレ?こんなだっけ⁇って思うことが度々ある
謡曲自体読めば素晴らしい。筋書きもその通り。
だけど
あの時のお舞台の上では絶対違うことが起こってた。

コレってどういうこと?
言いたいことをわかりやすく伝える目的の文章と違い、お能の詞章は意味が何層にもなっていて意味が何重にも取れる仕組みがあるように見える

「金島書」の「配処」 
世阿弥は佐渡島の太田海岸に上陸、
一泊して山越え笠取峠、長谷寺経由で新保の万福寺に泊まる。
仏の慈悲のおかげで静かな心で月を見る
お墓はここだけれど、見上げるのは都の宮中の月と、心をなぐさめるのは
老人のささえか
罪なくて配所の月を見るのが昔の人の望みでしたのに私も風流心があるのだろうか

荒筋ならこんな感じだけれど、
世阿弥はその土地そのままを見るのではなく
思い出深い地名を拾って、記憶をぬり重ねる
笠取(山)は観阿弥主演七日猿楽をした醍醐寺のこと。
10才の世阿弥が異能を尽し新熊野神社の猿楽興業のきっかけになった
長谷寺は父観阿弥の名のゆかり












武術の「場を取る」も技術。
実際の立ち合いの場なら、場を目で見ておく、踏んでおくなど方法は色々あるが、言葉だけでするなら、このくだりで世阿彌は「場を取っ」たように見える。

神道では、鳥居や注連縄で場を区切り清め、太鼓の音で時を区切り、名を呼ぶ
寺の法会も大体そう。

場が区切られ、場が世阿弥のものになった。
そして「金島書」で世阿彌は誰を呼び出すか?

笠取山のところででてくる
山はいかでか紅葉しぬらんは古今集の在原元方「雨降れど露も洩らじを笠取の」が上の句。
元方といえば「あふことのなぎさにし寄る浪なればうらみてのみぞ立ちかへりける」

万福寺のありさまを「来ぬ秋誘ふ山風の庭の末に音づれて」という。
これに響くのは「 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」古今集の藤原敏行
敏行といえば.「すみの江の岸に寄る波よるさへや夢のかよひぢ人めよくらむ」

記憶のかなたで波の音が響く。思いが届かない、かなわないという通底音
風と、水と、月と仏があって
ここまでは背景。
ここまでの主語は世阿弥でもいい

このあとの
しばし身を奥津城処ここながら~
月は都の雲居ぞと、思い慰む斗こそ

この雲居は宮中だと思う
そして見ている月がかつて宮中で見た月と同じであることで心なぐさめられるのは誰?
世阿弥ではないでしょと思います。

ついでに「げにや罪なくて配所の月を見ること」をいいなあ
と言ったのはけっこう高官で、
仕えていた帝の棺が明かりもつけずおかれていたのでとがめたら、
皆新帝のお世話で忙しいんですっていわれて、出家しちゃった人です
ここのところもテーマの仄めかしのように見えます。



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