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寝るより楽は無し。とはいっても

 寝るより楽は無し。 とは言っても..... 人は動物 寝てばかりいると いろいろ不都合がカラダにあらわれて、クルクル。 ということで、8月は寝ながらゆる体操してみました。 9月になってずいぶん涼しくなりました。 そろそろ、お散歩すると気持ちが良い日和です。 みあげれば、空には鱗雲。 お寺の隣りの大きないちょうには、緑の銀杏が鈴なりです。 いつもより、ちょっと足を伸ばしてみたら、 畑の横の直販で.ふたつかみほどの栗が200円でありました。 たっぷりいれても、2人分の栗ご飯なら2回分。 犬も歩けば、と申しますが 人も歩けば、ラッキーに当たったようです。

おしゃべりしながらが楽しいね

たいへんなことでも、めんどくさいことでも、 おしゃべりしながらだといつのまにかできる。 お仲間はほんとにありがたい。 ずっと会えないと寂しいが、 ひとりぼっちじゃありません。 暑いですし、 夏のお疲れでる頃ですし、 ゴロゴロ欲に負けがちな今日この頃ではありますが、 どうぞ、身体を動かして、 お元気さんでいらしてください。  

近頃気になる腹回りの話 その2 メディチの霊廟「夜」

法隆寺展入囗の如意輪観音。 横からみたからだのふっくらラインが美しい。 なかでもお腹の丸いラインがほんとに美しかった。 その続きです。 二昔前になりますが メディチ家の霊廟のこの彫刻の実物をみたとき、 異和感があった。 「なんだコレ?」って。 ミケランジェロの有名な彫刻、観光の目玉だし これが名作です!!的な解説もしてもらったんだけど 容赦の無い筋骨格の表現を なんかやだなと感じたのをおぼえている。 これって美しいのか?って だのに、体操を教えるようになって、 観音様より「夜」のほうが 疲れなくて運動能力が高いからだだということを知った。 さて、ルーブルのサモトラケのニケのお腹まわりですが、 ミケランジェロの「夜」とにているところが多い。 「夜」より、おだやかな筋肉表現ですが、 「夜」や「ニケ」みたいなものを日常的に見ている人と 観音様を日常的に、見ている人とでは 自分の腹周りのかたちもおのずと変わるのではないかと 下は唐招提寺の如来形立像のつもり 大事なのはおなかまわりのかたち。 絵と文 しげよん@2021  

近頃気になる腹回りの話 法隆寺展、如意輪観音

 東京国立博物館の法隆寺展。 入り口の金色の仏様がとても美しい。 その仏を、前から、横から、しみじみ拝見した。 前から静かで美しいお顔とお姿を、 そして横からは柔らかなお腹の美しいまろみを味わうことができる。 真横から拝見するとお腹の柔らかな曲線が実に美しい。 私の思いうかべる美しい体は、おおむねこんな感じ。 この方ほど美しいふっくりした横姿、まろやかなお腹は珍しいけれど。 あとはグラビアや、映画で観たいろんな綺麗さんはあるけれど。 おおむね柔い、たおやかなからだ。 帰ってから知ったこと。この方が法隆寺聖霊院の秘仏。 大阪四天王寺のご本尊の1番古い写しで、 聖徳太子だと言うなんていうのはさておき.... これは、近頃気になるお腹周りの話なのです。 そして、なんでお腹周りの話なのかということは次回で。 絵と文 しげよん@2021

号令する、と息を合わせる。

  鍬形惠斎 人物略画式より模写彩色 前回は、「行進てなんぞ?」でしたので、 今回は「号令」と「一本締め」揃うのは同じ、 だけどちょっと違うという話です。 学生、生徒、隊員さんなど、従う立場の人と、 号令をかける人がいて、 タイミングが合うよう身体が変わるほど練習を重ねる。 皆で同じ動作するのにむいてるのが号命   一本締めは合うもんだから合う。 合わせる練習はしない、 一本締めは、お祭やら棟上げ式やら、 一つの事を沢山の人々のいろんな力をあわせてつくりあげる時、 つくりあげた時に、いろんな年齢の、いろんな身体の人達がやる。  うまく決まると気持ちが良いし、嬉しいのは  一瞬、みんなが一つの身体になる快楽があるからだ。  初めてはこっそりキョロキョロ、目であわせるけど、 人がいる、人の息を感じとることができる大人はきれいに合う。 で、「号令」という表にあらわれた切っ掛けで揃うのと、 「一本締め」のように息とか気配で合わせるのがあるというのがここまでの話。  勿論、号令であわせていても、 スーパーパフォーマンスになる頃には、気配で動いてる  だけれど、「息や気配であう」が前提なのと そうでないのはできあがるものが大違い。 小学生の頃、父親の参加する宝生流の謡の大会に行った。 地域ごとの発表が続くなか、一際力強く謡がそろっているグループがあって、 子供心に取っ付き易くて、いいんじゃないかと思われた。 と、前の席の御老人が、「揃える稽古をしちゃったねぇ、 みばは良くなるんだけど、違うんだよねぇ」と呟き、 隣の御老人が頷いているのが見えた。 そんな事を思い出します。 上の挿絵は、 何すればいいかわかってる人とやると良いわよね の図です。

行進ってナンゾ?

   鍬形惠齊 略画式より模写 並んで歩くは、人がたくさんいれば自然にうまれる  ぞろぞろ歩きや、お祭りの行列なんかね。   それと行進はちがう。  行進は誰かが集団を効率よく整然と歩かせたもの   1人の人が集団を効率よく動かすのは難しい。 警察予備隊(自衛隊の前身)の話をきいた時、 昇任試験に、小隊に号令をかけて、整列、行進させたという話があった。   どのタイミングでどん­な声で号令をかけるかはかける側の問題、  だけど、号令をかけられる側の身体と歩巾が揃わないと行進は形にならない.  みんなよくやってくれてね。部下に合格させてもらったよ  消防も、警察も自衛隊の人も、並ぶのが上手。 効率的に動くのが上手。命かかってるものね。 体格が違っても歩幅は同じ、歩く早さも同じ 自分の身体や、気持ちよさはおいといて、 なにかに奉仕する歩きと言ったら良いのでしょうか?   「日体大 集団行動」バーゼルタトゥ2016   さて、この動画は有名な日体大の集団行動。 「行進」というものをつきつめると、このように、何回見ても驚くべきものになる。   本当に凄い。  才能と心身の強さと並外れた根性をお持ちの方々が、 何ヶ月も努力しないと、成し遂げられない歩きです。              さて、それでね、と。 これは拝見するにとどめておいて. 私達は歩けば歩くほど楽になる歩きを 選んでもいいと思うのですが、 いかがでしょうか?             

ボロ隠しにつかうとどんどん言葉が安くなる

  鍬形惠斎 人物略画式より模写彩色 最近、ニュースを見て、なんだかなあって思うのが増えたのは、  コロナ対策も、オリンピッ­クについてでも 「こちら方のコストで施策側の都合の良いように振り回す」 というのが続いて、それでまずい事になったら、 こちらに一層の努力をするよう求めればすむと 施策側の人は思ってるってことが 見えちゃったからかなあと思う。 武術は 「相手を、相手方のコストで自分の都合の良いように振り回す」だと、 昔、大先生がおっしゃっていた。  武術なら、こちらか相手が、死ぬか逃げるか。 後くされなし、やってもOK、 むしろ、そうするのが合理的。 ゲームならリセットできるからやり放題。  だのに、現実の社会生活で こちらがそんな不義理をやらかした相手と、その後も一緒に生きていくとしたら、 相当、居心地 が悪いよね。 1回ならば、真摯に償えば許してもらえるかも。  2度やっちゃったら、どうしよう? 誤解といいくるめるか、なかったことにするか、 恫喝するか、居直るか、 いっそ「様」付けして拝もうか、 万策尽きたら、哀れな顔つくって、まわりを味方にして、 相手が許さなきゃいけないように追いこもうか いやいやそれは「相手方のコストで自分の都合の良いように振り回す」の典型技。 本当に 迷惑❣やめときましょう。 いづれにしても、友達や仲間にすることじゃない。 相手が人にみえているって大切。 信頼や誇りって大事。 そういうのがあるところはなんだか明るい。 ほんとに小さな身の回りからだわ。