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ボロ隠しにつかうとどんどん言葉が安くなる

 鍬形惠斎 人物略画式より模写彩色

最近、ニュースを見て、なんだかなあって思うのが増えたのは、
 コロナ対策も、オリンピッ­クについてでも
「こちら方のコストで施策側の都合の良いように振り回す」
というのが続いて、それでまずい事になったら、
こちらに一層の努力をするよう求めればすむと
施策側の人は思ってるってことが
見えちゃったからかなあと思う。

武術は 「相手を、相手方のコストで自分の都合の良いように振り回す」だと、
昔、大先生がおっしゃっていた。
 武術なら、こちらか相手が、死ぬか逃げるか。
後くされなし、やってもOK、
むしろ、そうするのが合理的。
ゲームならリセットできるからやり放題。

 だのに、現実の社会生活で
こちらがそんな不義理をやらかした相手と、その後も一緒に生きていくとしたら、
相当、居心地 が悪いよね。

1回ならば、真摯に償えば許してもらえるかも。
 2度やっちゃったら、どうしよう?
誤解といいくるめるか、なかったことにするか、
恫喝するか、居直るか、
いっそ「様」付けして拝もうか、

万策尽きたら、哀れな顔つくって、まわりを味方にして、
相手が許さなきゃいけないように追いこもうか
いやいやそれは「相手方のコストで自分の都合の良いように振り回す」の典型技。
本当に 迷惑❣やめときましょう。
いづれにしても、友達や仲間にすることじゃない。


相手が人にみえているって大切。
信頼や誇りって大事。
そういうのがあるところはなんだか明るい。
ほんとに小さな身の回りからだわ。





 

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