スキップしてメイン コンテンツに移動

理想のからだ

                 


体のセルフケア
体を大事にする
体を生きる
体のお手入れをする


その時に、こういう風になったらいいなぁ
と思う理想というのがある。

今より楽になりたい、
快適な体になりたい、
痛みや重苦しさが少なくなって欲しい

そこら辺が現実のところ。


お孫ちゃんの、ふにゃふにゃした柔らかい小さな指に
手を掴まれたときのこと

ほんとに可愛いなぁと思うと、
赤ちゃんの時が自分にもあったのだなぁ
って思ったりしませんか。
生まれて、
そしていろんなことができるようになって、
今に至る。
今の体にも至る。


体をお手入れするときに、ああなったらいいなぁ
と思うその理想のところに、

赤ちゃんの、あの柔らかい、
自由な、気持ちの良いからだ。

命、そのものである
からだを、置いてみるのもいいと思う。

コメント

このブログの人気の投稿

金書を読みはじめてみた5 「泉」 ここでシテが出てくる

「泉」の内容をざっくりまとめれば、 又、西の山本の泉という集落は、流された順徳院のいらした所。 順徳帝は前世の功徳で帝にお生まれになったのに、流罪になって 田舎の、屋根に羊歯がはえるあばらや、雨が降ればぬかるむ庭に暮らされるとはお気の毒 どうぞ心を澄ませて極楽往生の道をおすすみ下さい これに和歌が8首書きこまれて、イメージと意味が重層的になっている( 本文引用部分 ) ① 限りあれば萱が軒端の月も見つ知らぬは人の行末の空 (後鳥羽院、世阿弥は順徳院作として引用) ② 天離る鄙の長道 ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ(柿本人麻呂) ③ 夕立 のなごりばかりの 庭たづみ 日頃もきかぬかはず鳴くなる(順徳院) ④ 下くぐる水に秋こそ通ふらし結ぶ泉の手さえ涼しき (中務) ⑤ 人ならぬ岩木もさらに悲しきは美豆の小島の秋の暮れ (順徳院) ⑥ 樒つむ山路の露に濡れにけり暁起きの墨染の袖 (小待従) ⑦ 薪こる遠山人は帰る也里まで送れ秋の三日月 (順徳院) ⑧ 言うならく奈落の底に入りぬれば刹利も首陀も変わらざりける (高丘親王) ⑨ 蓮葉の濁りに染まぬ心もて なにかは露を玉と欺く(僧正遍昭) ①②で流人の感概、軒の月から遠い空、海から彼方の懐かしい故郷 ③④⑤は叙景、夕立からの水たまり、 そして地下からこんこんと湧き水、「涼しき」の語が出、 「悲しみ」とともに水量が増えて川 ⑥で山の樒、出家者と朝日、ここでも露 ⑦ で秋の山里、そして秋の月(月は寂かな心のシンボル) ⑧世間がいうには、地獄に落ちれば王も奴隷も変わらなかった。 と怨みの根をダイレクトに斬り ⑨濁らないで、怨まないで、「涼しき道」🟰極楽往生してね で、露がキラリ 歌を辿ると物語になってるように見える 何の物語か そしてね、 登場する9首7人の歌人のうち、流された又は冤罪を被った人が 御鳥羽院、順徳院、柿本人麻呂、高岳親王の4人。 も一つのおまけは、①の 限りあれば萱が軒端の月も見つ知らぬは人の行末の空 という後鳥羽院の御製を順徳院御製として引用したことについて。 貴顕の中で綱渡りのような世渡りをしていた世阿弥が、 歌の作者を間違えるなんて迂闊なことをするわけがない ならば 世阿弥はこうする事で、順徳院に重ねて、後鳥羽院等、流され王達を まとめてシテの座に据えた…ように私には見える で、そうするにあたって、崇徳...

金島書を読んでみた6 「十社」

  「十社」をざっくりまとめると、 国立民族博物館 モンゴルシャーマン装束 前半が出来事、 後半が、一曲を奉納したその唱え言。 本地垂迹の考えにのった神と人の蜜月のような関係、それによって増した神の力が日本国へ祝福を与える +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ そんで、なんちゃって訳      (前半)さて、戦さがおこって国中が不安におののいている、 私が流された場所でも戦闘があったので泉というところに移り住んだ。 秋過ぎ冬も暮れ、永享7年の春になった。 ここには佐渡ヶ島の十社の神がおわします。神をうやまい信じて、一曲を奉納する (後半)そもそも人はこの世界の神の道具 神は、神主のご奉仕の仕方次第で威光を増し、身の衰えを最上の悟りで回復し、 人等が何事もなく長生きできるよう守るとお誓いくださる ほんとうにありがたい御ありさまです    神のみ心のままに、歩みを運ぶ宮めぐり 誠に、仏が光を和らげ塵の様な人の世に                     神の御姿で降りてくださるのが成仏の可能性を得る始め、 釈迦が人等を救うため八つの相を示して下さったのは 人等を救うことのおわりであるに違いない。     まことに、日本国という淨い垣根のなかにこそ、 ご治世は輝き、ずっと国が豊かで、ずっと民等が裕福に栄えて、宮中はずっと春の如く、 そして十の社は明るく澄んでおはします ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「神のまにまに詣で来て、歩みを運ぶ宮めぐり」 この言葉を打ち返し唱え, 舞いはじめ、舞ううちに時間と空間が広がる。 今、世阿彌唯ひとり舞を奉じる佐渡ヶ島の泉から、 例えば熱田、例えば伊勢、例えば、熊野。 嘗ても、あの時、此時も、 人等が神のもとに群れをなして、祈りを奉じようと蟻の如く参詣する幻。 そして神力に満ち満ちた神に、護られ寿がれた、輝かしい人の世界、の幻。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++...

金島書を読みはじめてみた。0

櫻間金記師がお出になるので、2024年11月8日から始まる「演劇島」がとっても楽しみ。 楽しみついでに、 演劇島のプロジェクト プレ スタディ・リーディング新作戯曲「演劇島」理解のために #4 10月5日、世阿弥「金島書」を読む/ に参加した。 雨の中、池袋駅から歩いて、線路を越えたところにある小さな場所で始まった 小田幸子さんのお話と、小田さんと佐藤信さんの対談がとても面白くて贅沢で 聴いてる最中から妄想がはかどるはかどる。 その妄想があんまり頭から消えないので、書いてみることにした。 「演劇島」のパンフレットには、 1964年の舞台初演出以来 佐藤信が手がけてきた数多くの海外戯曲テキストを解体、断片化 世阿弥「金島書」とW.シェイクスピア「テンペスト」に描かれた 「孤島への流刑者」の視点を借りて紡ぎだす「記録演劇」 「島」.と呼ばれる場所  「追放者」と呼ばれる年老いた人物  演じられる七つの物語 七つの物語は「追放者」が見た夢なのか? それとも「追放者」がつくり出した幻なのか? 「島」に呼び覚まされた言葉に耳を傾けるのは誰か? ....うんぬんとあるのだけれど.「金島書」は佐渡島に流罪になった世阿弥が最後に書いたもの 世阿弥個人の悲しみとは別なものが中心にあるように見える