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名をつける、名を贈る

 


たくさんの同じようなもののなかから
ひとつを抜き出して名前をつける。
と、それはもう特別なもの。 
今までと別な存在になる。
 
たとえば、ある日、お家に子犬が来る。
名前が決まると、もう、うちの子。
日々、思い出と愛着が積もっていく。


あるいは、今までなかったもの、
またはとらえ切れないなにかに名をつける。
漠然としたなにかに名付けることで、
名前と、名付けられた何かを
感じとる自分の感覚とのズレが見える。
 ズレがあっても、
名があれば、そのものはある。
呼ぶことも、探すことも、
それについて考えることもできる。

中臣鎌足 本名は鎌。
死の床に見舞いに来た、天智天皇に
669年10月15日 
大織冠 正一位内大臣 藤原の姓を賜ったが
翌16日没。藤原の姓はここに始まる。

死にゆく人に名を贈る。
最高の位と冠を添えてのことだから、「あんたは特別!」
そして「中臣の末端にいないで、新会社おこしちゃえよ」
ということだろうか?
それとも能力はあっても一人で立てる足場の無かった鎌足に
足場を与えたのだろうか?

669年10月15日、鎌足に「藤原」の姓が与えられ、
その後の藤原氏があり、春日大社や興福寺などがある。

名付けは大きいね。

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